なんとなく人に避けられているようなそんな感覚

実際に、はっきりとした言葉や行動で示されなくても、なんとなく人に避けられたりしているように感じたりすることはあると思います。
もしかしたら気のせいなのかもしれないのですが、でも、そういう雰囲気を察することができないと空気が読めない人と思われたりすることがあります。
どこまで深読みしてよいものなのか、ちょっと難しい気もします。
最近ではSNSでの炎上騒動や、グループLINEなどで、噂話程度のことがあっという間に広まったりする時代です。
また、SNSでの繋がりというのは、実際に頻繁に会ったり話をしたりするよりも、繋がりとしては弱いものだと思っています。
なんとなく「人に嫌われないように」という考えが、いろいろな行動の根幹にあるような気がします。
そういうことに敏感過ぎるというのも考えものですが、なんだか人間関係が窮屈に感じたりすることもあると思います。
こういう繋がりというのが良いものなのか悪いものなのかは、いま判断できるものではないでしょう。
でも、曖昧な状態をそのまま良しとしておくというのも、なんだか気が晴れず、もやもやとするものですよね。

なんとなく人に避けられているようなそんな感覚

最近、気分転換にとやったことが、むしろ疲れる原因になる

集中できる時間が少なくなっているのだが、それにしても年々目に見えて体力が落ちていることが気になる事だ。
これは、好きであろうとそうでなかろうと同じように疲れてしまうというのが、不思議なことだとつい最近までそう思っていた。
好きこそものの上手なれという言葉があるが、好きであろうが嫌いであろうがほとんど集中してできる時間はあまり変わり映えがしない。つまり、やる気と集中力が簡単には比例しないということで、以前だったら勉強とか作業の間に、音楽を聴いたり漫画を読んだりという趣味で活力が戻ったのだが、むしろ今ではそういった行動が疲れるだけだ。
今は、作業効率を上げるためには本当に休息をとる。つまり寝るかそうでなければ横になるという動作をしなければいけないようになった。
さらに、就寝も寝付きが悪かったり夢をあまりにも見て寝ている間も何か考えているような状態になると、朝起きたときに、もうすでに疲れた状態になっているのが困る事だな。http://xn--vio-qi4btbzvkc.xyz/

最近、気分転換にとやったことが、むしろ疲れる原因になる

夕食は鶏もやし鍋と豚軟骨の煮込みでお腹いっぱい

昨日の夕食は鶏もやし鍋でした。
大きめの鶏肉ともやしがたっぷり入った汁でとても美味しかったです。
汁は前に食べたレトルトのもやし鍋スープのような気がしますが確かめなかったので分かりません。
それとご飯、一昨日に父が作った豚軟骨と豆腐の煮込みを食べたらお腹がいっぱいになって苦しくなりました。
クリスマスイブの夜に開けた赤ワインがまだ残っていたのでそれを飲みたかったのですが、もうまったく入らない状況で翌日回しにしました。
あと冷蔵庫にもう一本ワインがあるのでそれも楽しみです。
いつも夕食前にウォーキングをするのですが、久しぶりに雪がどっさり降って歩くのが大変でした。
長靴が濡れているからと普通の靴で歩いたら当然の如く足はびしょびしょになって冷たくなり、最後はやけになって気にせず家まで歩きました。
ズボンが濡れてしまったので棚の上にかけてそれから入浴し、ようやく温かい食事にありつけ、そのせいもあって食べ過ぎてしまいました。
あとまんじゅうもかなり長い間キッチンに残っておりそれも早く食べたいです。

夕食は鶏もやし鍋と豚軟骨の煮込みでお腹いっぱい